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遺す

 
「例え何も形あるものを遺せなかったとしても ただ僕が居たと云うこと 僕が生きていたと云うことを誰かが いや 君が憶えていてくれるなら 僕の生きた意味も多少は在ったと云うものですよ」

彼 小さく微笑んでそう云うと 僕の頬 痩せこけた指で そっと触れました。

「さよなら は云いたく無いから 君に ありがとうと云って去ろうと思う。君と居られて 楽しかったよ。ありがとう ありがとう」

か細い声。彼の命がゆらり消えそうなのをそこに感じながら 僕 ただ彼に 同じ五文字を呟きました。

色々なことが在ったけれど やっぱり君と居られた時間は尊かったよ。此方こそ ありがとう。

「はは 最期に泣かせる事を 云うなあ。……ああ ありがとう。どうか 僕を 忘れないでくれよ。あり がとう」

切れ切れの言葉 紡ぎ終えて ひゅうっと息を吸うと それを吐く事なく 彼 すっと目を閉じて。
ああ もう逝ってしまったのかい。訊きながら触れた彼の左胸 もう鼓動はしていませんでした。

とうとう 逝ってしまった。

覚悟はしていても 事実として認識すると 何故だか彼との様々な記憶 生きている筈の僕に 走馬灯の如く甦り。

いつも 沢山の人の不満を受け止めていた彼。いつも 笑いながら無茶とも思える様な誰かの願いを叶えていた彼。僕もまた 彼に救われた一人です。
彼は 善意の塊のような男でした。なんで こんな善良な奴が あっさりと病で死なないといけなかったのだろう 記憶と共にそう思うと 涙まで止まりません。

『……もし我が儘を云うなら 僕は死にたくないなあ。いや 不老不死になりたい訳じゃない。肉体が死んだあと 誰かの心の中でひっそりと生きたいよ。うん 僕を憶えていて貰いたいなあ。粛々とさ 少しだけでいいから』

そんなことを言って笑った顔も 勿論憶えていました。

彼の最期の言葉 そしてその記憶 色々なことを僕は確かに握っています。ともすれば 僕は彼の願いを叶えられるのでしょう。

涙を拭い 彼の安らかな死に顔を一瞥。安心してくれよ 僕は 君の事を忘れないからな。


そんなこと思いながら 彼の頬 触れようとした刹那。不意に大きく大地が揺らいで あっと声をあげる間もなく罅が入った壁が崩れ 一際大きな破片が僕の頭を砕き 彼の記憶はおろか 彼の身体も僕の身体も 綺麗に裂けた地面の下 呑み込んだ。


そしてそこには もう何もない。

佐々木 | 短編 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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