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レイニイデイ



  きみと初めて会ったのは、土砂降りの最中の公園だったね。

 夏の積乱雲は時折物凄い雨を降らせる。その時の雨は「まるでバケツをひっくり返したような」という形容詞がぴったりなほどに強くて、わたしは思いがけず足止めを食らう事になった。いつもなら、急いでいるときは雨程度では足止めされないのだけれど、その時ばかりはどうしようもなかった。まあ急いでいるとは言え、誰と会うという用事でも無かったから、走るのを諦めて、公園の遊具――いったい、あれは何と呼称するのだろう?かくれんぼに子供がよく使う、かまくらのようなドームのようなそれだ――の中で、少し時間を置くことにした。そう決めたのは本当に偶然。きみに出会ったのは、その時だった。

 あの瞬間は、いまでも覚えている。私は、きみを見た瞬間に、

「……先客が居たんだ」

 そんなことを一言呟いて、隅に目を遣った。そこに居たのは、箱座りをしている薄汚れたサビ猫一匹。人が聞いたら笑いそうだけど、わたしはそれを視界に入れた瞬間に世界が変わった気がした。……そう、そのサビ猫が、きみだったんだよ。

 きみは不機嫌そうな瞳でわたしを見た。それからあくびをして、立ちあがって伸びをして、わたしの足もとへとのろのろ歩いてきた。わたしが中腰で固まっていると、きみは頭を脛になすりつけて、小さく鳴いた。だからわたしは、引き寄せられるようにしゃがみこんで、きみの頭をそっと撫でた。目を細めて喉を鳴らすきみに、きっとその時、わたしは恋をしたんだ。

 ねえ。……きみは知らないだろうけど、きみの頭は驚くほど暖かかったから、わたしは思わず泣きそうになったんだよ。

 きっと長く野良猫をやっていたんだろう。きみの毛は油で汚れていた。だからすぐに手はべとべとになったのだけれど、そんなことはどうでもよかった。わたしはひたすら、小さな頭を撫でて、遠い雷のように鳴る喉を撫でて、美しいラインを描く背中を撫でていた。きみは逃げもせずに、好き放題に動くわたしの手を受け容れていた。随分と人慣れしていたから、きみにも昔は、大切な「誰か」が居たのかもしれないね。もしかしたら、の話だけれど。

 確か十分ほどきみと触れあっていたけれど、雨は一向に止む気配を見せなかった。むしろ強まっていて、流れ込んでくる雨で地面は泥になりかけていた。どうしようかなあと少し考えて、ふと思いついたことを実行した。わたしは自分の着ていた上着を脱ぐと、地面にそのまま敷いたんだ。その上にきみを乗せれば、きみは汚れないと思ったから。それに、もう上着なんて要らないとその時は思っていたしね。

 だけどきみは嫌がって乗らず、代わりにわたしの目をじっと見ていた。しょうがないからわたしがその上に座ると、きみは当然のようにわたしの膝に乗った。
 きみの身体は熱いほどに暖かくて、重くて、確かな鼓動が伝わってきて――何よりも、愛おしく感じた。目頭が熱くなるような、そんな切なさを覚えた。それは忘れられない体温に似ていた。

 きみは、あの時わたしの事情を知っていたんだろうか。いや、人間同士のしがらみなんて知らないよね。でもなんとなく、きみは解っているような気がした。わたしがあの日、死のうとしていたってこと。そんなのきっと妄想なんだろうけど。

 わたしにはとても愛した人が居て、けれどその人はわたしを愛していなかった。ううん、最初はもしかしたら、愛してくれていたのかもしれない。だけどその愛情は、いつからか消えてしまっていた。いや、消えたんじゃない。わたしではない、別の女性に注がれていた。

 なにが悪かったんだろう、と何度考えただろうか。数えきれないほど思考を巡らせた。わたしの愛が重すぎたんだ、とか、わたしに魅力がなかったからだ、とか。こんなにも考えるなら、原因を叩きつけてから行ってほしかったとさえ思った。だって、あなたは何も言わずに居なくなってしまったから。

 いつも笑えと心がけてはいたけれど、本当のところわたしは限界だった。頭の中でぐるぐる回っているものが重すぎて、ゆるやかにわたしの思考を潰していた。
 だから、わたしは楽になろうとしていたんだ。あの土砂降りの日、高いところから飛び降りて、思考を潰す悪意を頭蓋骨からぶちまけてしまおうと思っていた。そうすればきっと、楽になれるだろうから、って。

誰からも好きになってもらえないわたしとも、誰も好きになってくれない世界とも、さよなら出来ると考えていた。

――だけどわたしはきみに出会って、きみの温もりに触れた。

 きみにとっては、餌をくれそうな人間にしか見えてなかったのかもしれない。あるいはけだるい雨の日の、暇つぶしの相手だったのかもしれない。
 真意はどうであれ、わたしは、きみが頭を擦り付けて膝に乗ってきたとき、初めて「愛された」と感じられたんだよ。この世界が、わたしに生きていてもいいんだと言ってくれたように思えた。きみの身体は、やさしい温もりで出来ていた。

 雨の中できみをひたすら撫でていた。きみは少し迷惑そうに目を細めて、それでもいつの間にか、わたしの膝の上で眠っていたね。
 きみの温もりはやさしくわたしの身体に沁み渡って、いつの間にか悪意を全部融かしてくれた。あれだけ死にたかったのに、きみと生きてみたいと思えた。

 時間にして、三十分くらいだった筈だ。雨はとても長く降り続いたように感じていたけれど、それでもいつの間にか止んでいた。公園に出来た水たまりに夏の陽射しが綺麗に反射して、まるで違う世界のようだった。

 その眩しさにか、きみはふと目を覚まして、わたしの膝から降りた。そのまま遊具の出口に向かって歩くと、振り返って「にゃあ」と鳴いた。行ってしまうんだと思って、わたしはぼうっと見つめていたけれど、きみがもう一度鳴いた時に、それが「一緒に来て」という意味だと悟った。立ちあがって遊具を出ると、きみはわたしの足もとにすり寄って、喉を鳴らして甘えた。

――そして、わたしは雨上がりの空の下を歩きだした。


 あれから、随分と時が経ったね。

 この数年間、想い出を省みることはしなかったけれど、あまりにも雨が強いから思い出してしまった。窓の外をちらりと見て、白く煙るような豪雨に溜息をひとつ吐く。いまだ、止まない。あの時によく似た雨だった。
 それでもあの時と違うのは、わたしの頭がさっぱりとしているということ。わたしが愛したこと、愛されなかったことを受け容れたということ。――わたしが、現在愛されているということ。

 「にゃあ」

 足元で声がした。見遣ると、きみの蜂蜜色の瞳がわたしを見つめていた。そのまま足に頭を擦り付けてくる。……膝の上に乗せろ、というお達し。
「はいはい」と返事をして、ベッドに座った。飛び乗って来るきみは、あの時よりも重い。きみもわたしと暮らしてから、初めて会った時よりも幸せになれたんだろうか?
 聞いてみたって返事はないけれど、きみの寝顔が安らかだから、そう信じることにしておく。

 あの土砂降りの中できみと出会ったのが偶然だったのか、それともそうではなかったのか。真意は神様と世界しか知らない。
 けれど、必然だったらいいと心から願った。

 雨は強い。夏の積乱雲は、時折物凄い雨を降らせる。あの時は世界に嫌われたのかと思ったけれど、違った。わたしはきっと、世界に愛されている。
 雨の音は屋内だとやさしく、ゆるやかな眠気が襲ってきた。きみは相変わらずすやすやと眠っている。わたしも、少し眠ろう。
 ベッドに上体を倒すと、すぐに暗闇が揺らいだ。

「おやすみなさい」

 返事の代わりに、尻尾が動いたのを感じた。
 


(20110806)


三題メーカー使いました↓
No.519 長谷川さんへ「偶然」「土砂降り」「真意」で明るいお話を書いてね。
http://shindanmaker.com/50113 #lovenobel

佐々木 | 短編 | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

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Comment

さみしいとき
あるよね
http://p3er-x0.t.monju.me/p3er-x0/

posted by みっくみく ,2011/08/27 7:07 PM










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