<< 死因:扇風機 | top | お断り申し上げます >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク | - | | - | - | - | - |

うばいうばわれ

かんかん、と金属製の階段を登る音でリズムをとっていれば、いつの間にか屋上に辿り着いていた。
赤錆が僅かに浮き始めた重い扉を、力を込めて開ける。開けた世界は、初めて見るような綺麗な晴天と陽光に覆われていて、なんだか凄く素敵だった。

粉っぽいコンクリートの上を歩いて、あまり高くない緑色のフェンスに指を掛ける。かしゃんと軽い音がして、塗料が指にこびりつく。その色に今年の文化祭を思い出して、懐かしさを覚えた。
あの時は色々なものが輝いて見えたのに、いつの間にかその輝きを忘れた。当然と言えば当然だったのだろう、と思う。だって、私は。

感傷に僅か浸り、それからすぐに気を取り直してフェンスを登る。随分と老朽化しているフェンスだったから、登る前に崩れて落ちたらどうしようかと思った。でもその思いをきっと神様は酌んでくれたんだろう。何事もなく、私はフェンスの外へと到着した。

障害物なしに見渡す街並みは綺麗だった。青い空を突っ切るように飛ぶ鳥とか、浮かぶ雲とか、そしてそれらを背にして聳え立つ灰色のビルですら――何もかも美しく思える。
どうして人は、喪う直前になってから全ての美しさを知るのだろう。今更気づいても、もう遅いと言うのに――。


後ろ手に掴んでいたフェンスを離す。一瞬よろめいて、それでも私はそこに立つ。
14階建ての廃ビルの上。飛び降りるのはまだ、今じゃない。腕時計を見る。17時56分。あと、4分。

視線を腕時計から下に移す。雨に濡れて、灰色から黒に近づいた道路がある。誰もいない。あと3分。

ああ、思い返してみれば結構良い人生だったと思う。悪くはなかった。辛すぎもしないのにやたらと幸せだった。
でも、その幸せに甘えすぎた。溺れすぎた。私は傲慢だった。あと2分。

幸せになるためなら他人の不幸もいとわなかった。後輩先輩友達先生両親、関わった全ての人を私は道具として見ていた。私が幸せであるための、私が満足するための玩具であり、私が不幸にならないための駒だった。酷いことをした。酷いことを言った。心配と無償の愛は特に素晴らしい道具だった。終わったあとで後悔して自己嫌悪して、同じことを繰り返した。あと1分。

その日々が「あの人」のせいで崩壊して、少しだけ安堵した。もう繰り返さないと心から思った。同時に、自分が独りと知った。当たり前だと解った。好かれている筈がなかった。納得した。でも。


「……やっぱり、ひとりは寂しいよ」


掠れた喉から呟きが洩れる。


 結局、最後の最後。壊れかけた自分が優先したのはエゴだった。取り返したかった。夢を見ていたかった。幻想の中で生きていければよかった。その日々は奴が奪ったのだと嘆いた。返してと喚いた。帰って来ないと知った。
だから、帰らないものを奪われたなら同じように帰らないものを奪おうと思った。

――18時ぴったり。

薄暗くなった道路に目を凝らせば、私に呼び出されたことに訝しげな顔をしているであろうあいつがそこに居た。あぁ、良かった。ちゃんと定時に来てくれた。時間を守ると言うのは素晴らしいことだ。

さぁ、いこう。大事なものを返してもらいに――。


ひゅうっと強く息を吸い込むと、掴み直していたフェンスをまた離す。
そして私は、奴の元を目掛けて飛んだ。

徐々に近づく地面で、呆気に取られたように座り込む奴の表情は最期に見るものに相応しいと思えた。

滑稽なほど口を開けて、奴は私を見る。視る。観る。その頭上に向けて飛び込みながら、緩やかに私の意識は暗溶する。

さいご、意識が消える刹那。
ぐしゃりと骨肉が潰れまざりあう音がした、ような気がした。

佐々木 | 短編 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

スポンサーサイト

スポンサードリンク | - | 00:00 | - | - | - | - |
Comment









Trackback
URL:

06
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--