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0時47分、屋上にて。

 「もし私が死んだら、お願いがあるんです」


優しく、されど少し寂しそうに微笑んで、彼女は云いました。


「もしも私が死んでも、私を憶えていてください。けれど、私を思い出さないでください」

「私のことは、どうぞ記憶の奥底に沈めたままでいてください」

「あなたの中に私を遺して欲しいんです。忘れないでいてほしい。けれどそうしたら、あなたは辛い思いをするでしょうから。だから、私を思い出さないでください」


汗ばんだ額にはりつく髪を掻きあげ、何も答えられない僕に向け、更に彼女は言葉を続けます。


「……それと、私が死ねばきっとあなたには変化が訪れるでしょう」

「刹那の別離であれ、永久の別離であれ。別離と言うものは人を変えます」

「別離の中からは沢山の物が見出せる。哀しみや諦めだけではないんです。そう、本当に沢山の物が学べるはず」

「それを……うん、簡潔に言うと『成長』と呼ぶのかな」

「成長してしまうことが、変わってしまうことが。きっと辛いと思う事もあると思います。変化は他者であれど自分であれど、受け入れることは難しいから」

「けれど私が死んであなたに起こる変化が……あなたがする成長がよきものであれば、その変化を忘れないでください。私が居亡くなったことに対する哀しみは忘れてしまっても、ね?」


弱々しくもはっきりと云い切ると、彼女は腕を伸ばし、そっと僕の頬にふれました。


「……例えあなたがどれほど変わってしまっても、私はあなたを愛しています」

「だからどうか……どうか私のお願いを覚えていてください。そして、叶えてくれたらとっても幸い」

「思い出さなくなる事を、変わる事を恐れないで。大丈夫、大丈夫だから……」


浅く、荒く息を吐きながら、それでも彼女、僕を安堵させるようににっこり笑って。

「……それじゃあ、さよなら」

と、最期の呼吸と共に告げました。



――0時47分、屋上にて。
僕の指紋、べっとりついた包丁の柄を腹から生やした彼女より、呪いのような別れの言葉が僕に。

佐々木 | 短編 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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