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メリークリスマス

 街で男が散弾銃を乱射した。いや、その散弾のほぼ全てが、街を歩いていた不幸なカップル達に当たったのだから、厳密には乱射したとは言えないかもしれない。
何はともあれ男は哀れにも逃げ遅れた25組目、50人の男女を殺戮している所で警察に逮捕された。




取り調べ室で、疲れた顔をした刑事は全く悪びれる様子のない男に聞いた。

「……なぜ、こんなことをしたんだ」

男は答えた。

「いえ、ね。山で趣味の猟をしていただけなんですよ。でも趣味というのは目を曇らせるものでして、なんというか、えぇ、山で白い牝鹿に会いましてね。まぁアルビノという奴なんでしょうが、とかく私にはその牝鹿が神様に見えたんです。はい。で、夢中になって追い掛けてたらいつの間にか街に居まして、気づかずに撃ったら流れ弾がね、ゴミど……いやいや、恋人同士の皆様にね、うっかりヒットしてしまいまして。だからこれは殺人じゃなくて事故ですよ、事故。悲しい事故です。あぁ悲しい〜なんて悲しいのか〜」

先程から、ずっとこの調子だ。証言などする気もないのだろう。それとも、本当に動機などないのか。いや、人の行動には必ず理由がある。刑事は歯噛みした。
本来ならば今日は、恋人であり婚約者であるはずの女・智子とのデートを楽しむ筈だったのに。だが、それどころではない。部下まで死んでいるのだ。
初めての恋人を溺愛している刑事は、苛立ちを誤魔化すように咳をすると、男をぐっと睨んだ。はやく、動機を聞き出さねば。だが、それよりも先に部下を失った悔恨が鎌首をもたげた。

「……そうか、事故だと言いたいのか。ピンポイントでカップルだけ狙って、それでも事故だと……。いいか、被害者の中にはなぁっ、俺の部下が居たんだ。少し空回りしがちな奴だったが、いいやつでっ」

「刑事さん」

激昂しかけた刑事を、男の平たい声が止めた。

「……なんだ。何かいう気になったか」

「刑事さんには恋人がいらっしゃいますか」

「何をっ」

「いやあの、それさえ教えて頂ければ正直に自分の罪を認めますので。恋人は、いらっしゃいますか」

何故か、男の乾いた声色に刑事は逆らえなかった。まるで催眠術でもかけられたかのように、刑事はゆっくり口を開いた。

「……いる」

「あぁ、じゃあ幾つかお聞きしてよろしいですか。彼女の身長は157センチくらい?」

「あ、ああ」

「髪は茶色に近い黒で、肌は透き通るような白?」

「ああ」

「好きになった男の名前の、例えばまさるだったらまーくんと呼ぶような癖は?」

「ある」

「そうですかぁ」

幾つかの質問に答え終わってから、刑事ははっと口をつぐむ。自分は何を答えているのだ。こちらが聞く側だと言うのに。

そして、それから刑事は僅かながらの恐怖を抱いた。一体、なぜ、この男は自分の恋人をまるで見てきたように知っているのか……。

が、すぐにその恐怖を振り払い、刑事は口を開いた。

「……質問には答えたぞ。次はお前が」

「あの……刑事さん」

「なんだ」

刑事の言葉は、またも男に遮られる。若干の苛立ちを覚えながらも、刑事はばつの悪そうな顔をした男を促した。

「いやぁ、言いにくいんですが」

「なんだと聞いている」

「彼女の名前って、智子さんですか?」

「……なぜ、それを」

「あぁ、やっぱり……。あの、お伝えするのが心苦しいのですが、智子さん浮気してましたよ。あなた以外の男と、腕を組んで歩いてました」

「なっ、そんな筈はっ」

男の言葉に、刑事は自らの世界が崩れてゆくような気がした。しかし刑事はすぐに自分に言い聞かせる。そんな筈はない、お互いに付き合う経験はこれが初めてなのだ。それに、あの今時にしては珍しい純朴さを持った女が、浮気をする筈は。

だが、そのささやかな自信はやたらと信憑性のある男の声に崩れ去った。

「『智子ぉ、彼氏はいいのかよ?』って聞かれて彼女言ってましたよ。『やっぱ刑事とかださいわよね』って。いやぁ、新しい男の腕に縋りつく智子さんは幸せそうでしたな。きっとこのあとセックスするんだろうなぁと思いましたよ。『どうだっあいつのよりずっと良いだろっ』『あぁっあなたのが一番好きいっ』とかやるんだろうなぁと思ったらもう憎しみしか芽生えませんでしたね。それくらいカップルでした」

「そ……そんな、そんな筈はない。智子とは、結婚も考えてっ」

さっきまでとは一転し、薄い笑みを浮かべた男に刑事は掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。飛び散って手についた唾液の珠を嫌そうに机に擦り付けながら、男は止めの一言を放った。

「あぁ……二人とも、私の前で結婚の約束を交わしましたよ。接吻までしちゃって、絡み合う舌が見えてましたからねえ」

「嘘だああああっ」

刑事が、発狂したように叫ぶ。飛び散る唾液を今度はしっかり避け、男は笑った。

「あぁ、でも大丈夫ですよ」

「嘘だ……嘘だ……智子が……」

「たぶん彼女ら、散弾銃の餌になりましたから」

「智子おおおおおっ」

先程よりも更に平坦になった男の言葉に、刑事は咆哮し掴みかかった。黒い瞳から涙がボタボタと溢れている。刑事は正気をなくしていた。
そんな刑事に肩をがくがくと揺さぶられながら、男はふと気づいたように虚空を見た。

「あっ、白い牝鹿だ。神様だ。ほりゃっ」

「あぎぇっ」

軽い声と共に男は指を刑事の眼窩に突っ込む。奇妙な悲鳴をあげて、刑事は目を押さえながら倒れ込んだ。

「うぁぁあ、智子、智子おおっ」

「いやあ純愛ですねえ。素晴らしい。こんな素敵な恋人を裏切るわけがありませんな。刑事さん、刑事さーん。さっきのはクリスマスジョークですようっ」

にやけたまま、男は目を押さえたまま床でもがく刑事に言う。だが、それは間違いなく聞こえていないだろう。それを気に止める様子もなく、男は伸びをした。


「いやぁ、素晴らしいクリスマスでした。純愛は見られるし、猟も上手く行くし。……おや」

爽やかに独り言を呟く男の目が、何もない筈の空間に何かを捉えた。それは、ライトの光を受け、短い毛並みを大理石のように輝かせる、白い牝鹿。

本来ならばあり得ない筈のその生き物に、しかし男は笑顔で会釈した。

「メリークリスマス」

牝鹿も、小さく会釈を返した。

佐々木 | 短編 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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